情報インフラを語る (2)
更新日:8月7日
ー インフラを「サービス」へ進化させたExodus ー
1990年代半ばから2000年代初頭にかけての「ドットコム・バブル」期は、インターネットが学術的ネットワークからグローバルな商業インフラへと変貌を遂げた時代でした。この爆発的な成長期において、物理的なインターネット基盤であるデータセンタ(Internet Data Center: IDC)の先駆者として君臨したのが、Exodus Communications(以下、Exodus)です。1994年に創業したExodusは90年代の終盤には世界のトップウェブサイトの40%をホスティングする巨大企業へと急成長を遂げ、ピークの2000年には約320億ドルの時価総額を記録しました。
当時は、自社オフィス内のサーバールームでウェブサーバーを管理・運用することが一般的でした。しかしeコマースの台頭とトラフィックの指数関数的な増加によって、オフィス内部での運用管理はネットワーク帯域幅、安定した電源供給、そして高度なセキュリティの観点から非効率かつハイリスクなものとなっていました。Exodusは「ミッションクリティカルなITインフラを外部の専門施設に委託する」という現代ではあたり前となったパラダイムを商用化し、エンタープライズ向けのコロケーション市場とマネージドサービス市場を事実上創出した企業として評価されます。
IBM出身のEllen HancockがCEOに就任し、Exodusは積極的なM&Aによって事業を拡大していきました。最盛期に約4,500社のクライアント(Yahoo、eBay、CBS SportsLine、Google、Compaqなど当時のトップ企業群)と約4,000人の従業員を抱えるに至りました。
2000年にExodusは野村総合研究所との事業提携を通じて日本市場へ進出しました。提携を担当した私は東京を訪れたExodusの経営チームとの祝賀パーティのことをよく覚えています。Hancock CEOが「ex-IBMer (IBM出身者は手を挙げて)?」と声をかけるとほとんどの経営メンバーが挙手しました。世界最強のハードウェアメーカIBM出身者が作った新しいITインフラ会社がExodusでした。
しかしExodusの栄華が長く続くことはありませんでした。2001年のドットコム・バブル崩壊とともに急速に資金繰りが悪化し、同年9月に連邦破産法第11条(チャプター11)の適用を申請して事実上の経営破綻に追い込まれたのです。Exodusという企業体そのものは短命に終わったものの、多額の資金を投じて構築したデータセンタ群、先進的なネットワーク技術(世界初のBGP Anycast DNSや初期のクラウドストレージ)、そして数千人に及ぶ優秀なエンジニアたちの存在は、その後のインターネットインフラ産業の標準を形成する不可欠な基礎となりました。
「エレンはルールを作る天才なんだ!」Exodusのビジネスを学ぶためにサンタクララのExodus本社を訪問した私に担当者がそういいました。Exodusが販売したのはコンピュータのハードウェアではありませんでした。ネットワーク帯域であり、データセンターのスペースであり、サーバを監視するための道具立てなど、ITインフラを維持するために必要なものをサービスとして顧客へ提供することがExodusのビジネスです。ハードウェアビジネスに細かいルールはあまり必要ありません。顧客が望む場所に必要なハードウェアを納品すればビジネスは終わります。ところがサービスはここからが始まりです。顧客がシステムを運用している限り、サービスは終わることがありません。満足度が下がれば顧客は離反していきます。
クラウドコンピューティングはそれまでのコンピュータインフラと2つの点で大きな違いがあると私は考えています。一つはソフトウェアで全てが賄われていること。これはAPIエコノミーを最大限に利用した結果です。もう一つはサービスです。全てのサービスは月額利用料で支払われます。売ったらおしまいのハードウェアと異なり、サービス提供は顧客満足度を永遠に見守る必要があります。Exodusは2000年代のテクノロジー業界へ大きな遺産を残しました。ネットワーク技術や堅牢なデータセンター、それに何千人ものエンジニアはAmazonやGoogleの急速な発展に大きな貢献を果たしました。さらに大きな遺産はサービスビジネスのコンセプトだったと私は思います。Exodusの破綻以降、何百という数のベンチャー企業が生まれましたが、Exodusのサービスモデルを踏襲しないところはほとんどありません。今日、生成AIがテクノロジー業界を席巻していますが、OpenAIもAnthropicももちろんサービス会社であり、同時にAPIエコノミーを最大限活用するソフトウェア会社でもあります。


